第1回コラム"外灘紅緑灯"の由来について
この度は当ホームページをご覧いただきありがとうございました。
さて、今回はコラム掲載第1回目と言うこともあり当店の名前の由来についてお話させていただきたいと思います。
そもそも"外灘"とは黄浦江沿いに延びる通り、一帯のことを指しバンドとも呼ばれます。
バンドとは人工の土手や堤防を意味しインドがイギリス支配された時、港岸の地域がバンドと呼ばれており、上海の外灘地域も似ているからここもバンドと呼ばれるようになりました。
外灘の始まりはアヘン戦争後、敗戦国の中国は南京条約によってイギリス人がここに商館や住宅を建設したことに始まり、20世紀中国が半植民地化するのと同時に、外灘は金融とビジネスの中心地となりました。今では、異国情緒あふれた美しい建築群が毎晩ライトアップされ、宝石を散りばめたような美しい夜景は絶景です。
中国上海を訪れるには、まずは外灘(ワイタン)より始まります。外灘は、古くから諸外国からの交流の拠点中心でもあります。当時の彼等が、又今の私たちが、外灘の灯火をどのように眺め、どのように感動し、また胸をときめかせたか・・・。
今も昔も上海のシンボル、外灘(ワイタン)には、数々の紅緑灯(シグナル・信号・灯)があります。
現在の上海の創造はこの外灘より発進したと私は考え感じています。
上海食亭が天満市場に創業し、はや四年、思えば混沌とした日本と北区池田町総合開発計画、近代化計画の最中に古き歴史ある天満市場はまさに荒廃と近代化の上海と見えました。
今を去ること6年前、この大阪は天満市場の暗闇の中、上海点心の技術と伝統を受け継ぐ料理人、蒋雋(ショウシュン)が"上海食亭"と言うお店の灯をともしました。
そして、"上海食亭"から始まった歴史は現在"外灘紅緑灯"と言う形で受け継がれそして未来に向けて新たな中国の食文化の華を開こうとしています。それは、とりもなおさず過去と言う中国の伝統と近代化により現在から未来へ向かう上海の"外灘"の姿と重ねる事ができます。
そんな中国料理の過去と未来をつなぐお店にしたい思い"外灘紅緑灯"と名付けました。
そして、私たちのストーリーも過去から未来へ繋がって行くのです・・・
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